探検家・角幡唯介が解き明かす「43歳最強説」と死の罠―新刊『43歳頂点論』が問う人生のピーク

探検家・角幡唯介氏の最新刊『43歳頂点論』が新潮新書より発売された。体力と経験が絶妙に交わる43歳こそが人生の頂点であり、同時に多くの著名な冒険家が命を落とす「魔の領域」でもあるという。極地探検の経験から導き出された独自の人間論と、ピークを越えた先にある50代の希望を描く話題作の内容に迫る。


人生のピークはいつ訪れるのか。体力に任せて突き進む20代か、あるいは分別と社会的地位を得た50代か。誰もが一度は考えるこの問いに対し、極限の地を旅してきた探検家・角幡唯介氏がひとつの答えを提示しました。それが、「43歳」です。

2025年11月17日、株式会社新潮社より角幡唯介氏の新刊『43歳頂点論』(新潮新書)が発売されました。本書は、チベットの未踏峡谷や極夜の北極など、想像を絶する過酷な環境に身を置いてきた著者がたどり着いた、比類なき人間論です。「体力」と「経験」という二つの要素が交錯する一点、それが43歳であり、そこには人生最大の輝きと、致命的な落とし穴が同時に存在すると著者は説きます。今回は、この興味深い新刊の内容と、そこに込められたメッセージについて詳しくご紹介します。

探検家・角幡唯介という男

まず、著者の角幡唯介氏について触れておきましょう。1976年北海道生まれの彼は、現代を代表する探検家であり、ノンフィクション作家です。 早稲田大学探検部時代から数々の冒険に挑み、チベットのヤル・ツアンポー峡谷の単独探検を描いた『空白の五マイル』では開高健ノンフィクション賞などを受賞。その後も、太陽の昇らない冬の北極を旅する『極夜行』や、GPSを持たずに地図とコンパスだけで山を彷徨う旅など、テクノロジーに頼らず人間本来の感覚を研ぎ澄ませるスタイルで活動を続けてきました。

そんな彼が、自身の年齢的な変化と向き合い、探検家としての視点から書き下ろしたのが本作です。机上の空論ではなく、死と隣り合わせの現場で培われた身体感覚に基づく言葉だからこそ、読者の胸に深く響く説得力を持っています。

「43歳」は最強にして最恐の年齢

本書の核となる主張は、「43歳こそが人生の全盛期である」というものです。一般的にアスリートなどの肉体的なピークは20代と言われますが、探検や冒険、そして人生という長い旅路においては、体力だけでは乗り越えられない局面が多々あります。 若い頃は「体力の衰えは経験でカバーできる」という言葉を言い訳のように感じていたという著者。しかし自身が40代後半になり、その言葉が真理であることに気づきます。体力は緩やかに下降線をたどり始めますが、一方で長年の試行錯誤によって蓄積された「経験値」は右肩上がりで上昇し続けます。この二つの曲線が最も高いレベルで交わるクロスポイント、それこそが43歳前後なのです。

この時期、人間は馬力だけだった頃には不可能だった複雑な判断や、困難な状況を打開する妙技を発揮できるようになります。著者はこれを、グリーンランドからエルズミア島への長期犬橇旅行という自身の実践を通じて実感しました。まさに「最強」の状態です。

しかし、ここには恐ろしい罠も潜んでいます。本書で特に注目すべきは、「名だたる冒険家はなぜ43歳で死ぬのか?」という章です。 植村直己、長谷川恒男、星野道夫、河野兵市、谷口けい――。日本の冒険史に名を刻むレジェンドたちが、示し合わせたかのように43歳で命を落としています。著者はこれを偶然とは片付けません。 心身ともに充実し、脂が乗り切っているからこそ生まれる「過信」や、体力と経験のギャップから生じるわずかな「ズレ」。人生の頂点であるがゆえに陥りやすい「魔の領域」の正体に、著者は鋭く切り込んでいきます。

ピークを越えた先にある「50代の希望」

本書は、単に「43歳が凄かった」という過去の栄光を語る本ではありません。むしろ、その頂点を越えた現在、50代を迎えた著者の心境の変化こそが、多くの読者にとって救いとなるでしょう。

「いまの私には楽しそうなイメージばかりがわいてくる」 「いまが人生で一番楽しい、そんな気さえする」

かつては恐れていた「老い」や「衰退」。しかし実際にその坂を下り始めてみると、そこには予想外の自由と解放感が広がっていました。頂点に立ったからこそ見える景色があり、山を下る過程でしか味わえない楽しみがあるのです。 『43歳頂点論』は、これからピークを迎える30代・40代にとっては「その時」を最大限に活かすための指針となり、ピークを過ぎたと感じる世代にとっては、これからの人生を肯定するためのエールとなるでしょう。

刊行記念イベントも開催

本書の発売を記念して、トークイベントも企画されています。発売直後の11月18日には本屋B&Bにて政治学者・栗原康氏との対談が行われましたが、来る12月13日(土)には、冒険研究所書店にて「なぜ冒険家は43歳で死ぬのか」と題したイベントが開催予定です。オンライン配信やアーカイブも用意されているため、遠方の方も参加可能です。著者の生の言葉に触れられる貴重な機会となるでしょう。

人生100年時代と言われる現代、私たちは長い時間を「老い」と共に生きていかなければなりません。自身のキャリアや体力の曲がり角に不安を感じている方、あるいは単純に冒険家の極限状態の思考に触れてみたい方。ぜひこの『43歳頂点論』を手に取り、角幡唯介氏と共に「人生の頂点」とその先の景色を旅してみてはいかがでしょうか。

43歳頂点論 (新潮新書 1106)

¥ 1,034

植村直己、星野道夫ら名だたる冒険家は、なぜ同じ年齢で命を落とすのか。その背後には、衰える体力と高まる経験値が交錯する「魔の領域」があった。若き日の過信を経て、50代を前に著者がたどり着いた真理とは? 極地探検家が身体感覚で描く、圧倒的強度の人間論。


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